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『コープ自然派はベンチャー』の巻

 昨日、コウノトリ・ナベツル徳島フォーラムが開かれた。会場のふれあい健康会館のホールはほぼ満席に近い10人が駆け付けた。コープ自然派事業連合の岸専務理事や八木(コープしこく専務代行)、北岡(コープしこく副理事長)など多数が出席。地元徳島新聞、朝日新聞、NHKの夕方のニュースでも取り上げられる。このフォーラムの中で、里山の近藤さん(コープ自然派徳島の前理事)はコープ自然派の取り組みをじょうずに説明していた。ツルを呼ぶ米が農薬や化学肥料を減らし、冬水たんぼや田んぼの生き物調査を通じて、農家と組合員が一緒に田んぼのことや生き物のこと考える機会を作っていることと、お米を食べることも重要であり、さらに冬水田んぼをする農家にカンパを集め、ナベツルの飛来地づくりに貢献すること。農家には無農薬米の取り組みを応援すると同時に、食味を上げる努力もするなど新たな環境施策を実行することによって生協ならではの活動を報告した。

 ところで、こんな活動を裏で支えていた小泉理事長が第15回コープ自然派通常総会を持って、第一線を退くことになった。コープ自然派は私が40歳のときに小泉理事長から生協を作ってみないかと誘いを受け、香川県で生協作りに取り組んだ。生協を立ち上げるにあたり、松林(高生連)さんの呼びかけで、五色山にある喝破道場で、チェルノブイリや伊方原発出力調整実験への抗議活動の総括を行う。四国の共同購入関係者がそろい今後の活動をどうするかを話し合った。その時に決まったのが各県持ち回りで、月に一度の会議を開くことになりその中で、生協を作ることが形作られていく。テーマは有機農業や脱原発、食の安全や環境問題の取り組みを目指して行こうとなる。それから22年。当時喝破道場に参加したコープ自然派しこくの山田専務や丹さんも去年退職。コープ自然派も世代交代が進んでいく。

 小泉前理事長の最大の特徴はチャレンジ精神が旺盛で新たな取り組みを仕掛けていった。四国島内の各県にコープ自然派を立ち上げると同時に、大阪の生活ネットと合併、コープ自然派ひょうごや奈良、京都、和歌山など続々と立ち上げる。あっという間に150億の生協ができてしまった。その間いろいろなことがあったが、宅配事業、グループホームそのせ、食材セット、パン工房、NPO法人きちんときほん、NPO法人里山の風景を守る会など生協運動から新たな活動が生まれる。

 さて、今年のしこくの通常総会では、前理事長の東条さんがNPO法人コープ・プラスを立ち上げたことが発表された。理事を退任した人が集まって、何でもやる、何でもできるNPO法人だという話を聞いて、さすが東条さんだと思う。生協には優秀な人材が多数そろっている。組織もある。お金も集めようと思えばできる。こんなNPO法人は初めてではないかと思った。

 阿波有機は解散してコープ有機に合流することになる。私は新しくできたコープ有機の専務として活動することになった。今年の3月に小泉理事長から生協の野菜や米の専門会社を作ってみないかと、また誘われてしまった。前々から生協の会社を作ってみたかったから二つ返事で引き受けることになった。

 生協の弱点は青果や農産物を扱うことが不慣れなのだ。野菜のバイヤ―は誰でもできそうでできない。まず、農家は海千山千。老獪なのである。若いバイヤーを赤子の手をひねるように簡単にだましてしまう。そんな農家になったのは流通側の問題も大きい。

たとえば、今年は1000束のホウレン草を作ってくださいとお願いすると、病気や不作を考えて2割、3割増しの作付けをするのが農家だ。生協が買ってくれるから一生懸命作ってくれる。しかし、バイヤーの多くは最大売れた時のことを考えて、作付けをお願いする。実際は多くて8割だ。そうすると作った分の半分以上が残ってしまうから、農家は「生協に言われるとおりに農薬や化学肥料を減らしたりなくしたりする努力したのだからなんとかしてくれ。」また、豊作のときは市場が安いため、組合員さんが安いスーパーに流れることもあり、注文が来ない。天候不順になれば注文が殺到。市場価格が高くなり、作付けしたのだから全部よこせと言うバイヤ―が実に多い。あまったら知らん顔。ないときはよこせと強気になる。そんな関係を小泉理事長がやめてしまえという。約束したものは全量買い取るのはたりまえじゃないか。それができる会社をつくれ。生協で売れなかったら市場へ損してもでも売れと言う。新たな流通網を築くのが新会社の役目だ。

『好循環を生む』の巻

 先日、家内と一緒に神戸市北区の団地の5階にある3Kの部屋を掃除にいった。実は、もうじき63歳になる歳で神戸に単身赴任することになった。阿波有機の農家の皆さんは「良かったなぁ!一人になれて気楽やなぁ。」などと言う。しかし、この年で単身赴任はキツイと思っている。団地は山の上にあり、5階の部屋まで歩いて上っていくしかない。築45年と古めかしい団地なので、エレベターなどの気の利いたものはない。最近は足腰が弱ってきているうえに膝が痛い。家内から言わせると上り下りをしていると体力が付くから良いじゃないと妙な励ましをしてくれる。

 さて、単身赴任をすることになったことには理由がある。阿波有機が6月いっぱいで解散し、コープ有機に合流することになった。コープ有機はコープ自然派100%の子会社だ。コープ自然派事業連合の野菜と米部門を分離して、新しく野菜と米の専門会社を作ることになった。

 コープ自然派の伸長は著しく、私がコープ自然派に22年前に勤めるようになった頃は、供給高が年間7億円だったことを思い出す。今では144億円になるまで大きくなった。年率15%の伸びを続けると3年後には200億の供給を達成する。そうすると毎年農産物を3億円の仕入れを増やさないといけないから大変だ。そこで4月から北は北海道、南は九州と日本全国を飛び回るようになった。

 全国各地に若い人たちが新規就農していることがわかった。大分の豊後高田市の野村(38)さん夫婦は8年前に岐阜から農業をしたくて大分に移住してきた。「徳島の小松島で開かれるオーガニックフェスタを大分でもやりたいですね。」と言われたのにはびっくりした。オーガニックフェスタも全国区になったなぁととてもうれしく思った。野村さん達のグループは市役所の応援を受けているので、市役所の方も話し合っている席に同席してくれた。名刺をもらいそこなったので名前はわからないのだが、30台前後の女性で、野村さん曰く「ゆくゆくは産業振興課の課長になるのではないか?」と期待の星だそうだ。新規就農者を応援しようと取り組む自治体が増えているようだ。

 その日のうちに宮崎県綾町に行く。とても美しい農村風景が広がっている。20年前に愛知県から移住してきた早川ゆりさんが出迎えてくれた。綾町は全国的にも有機農業が盛んな町として有名だったので是非一度訪ねてみたいと思っていたところだった。綾町に移り住みたいと思っている若い農業希望者が多く、農地が買えなかったり、貸してもらえなかったりすることもある。早川さんが20年前に手に入れた農地の値段がいまだに下がらないという。有機農業で町おこしができたようだ。早川さん達の悩みの一つに都会の消費地が遠いことだ。地元の農協では早川さん達の有機農産物は扱ってくれない。宅急便で送ると送料が高くなるので困っている。

 最近、農林水産省も有機農業が広がらない理由の一つに有機農産物の流通問題があると考えているようだ。欧米諸国では有機農産物ブームが起こり、消費がものすごく増えているのに日本は有機農産物のブームが来そうで来ない。その理由の一つに物流の仕組みができていないことだ。

 阿波有機の取り組みの一つは冷蔵車で集荷業務をすることだ。今までの農家は農産物を阿波有機に持ってきていた。それがなくなったことで、農家は生産に専念することができるようになった。農産物の品質を上げ、生産量を増やすことにより農家の収入を増やす取り組みを続けている。その成果がでており1000万円を超えるのが普通になってきた。農家の収入が安定しないという不安を払拭できた。この仕組みを進めるとスーパーと同等程度の野菜の価格が実現できる。まさに売れれば売れるほど好循環を生み、組合員さんも生産者もお互いが喜ばれる仕組みだ。

神戸にある本部に向けて、10t車を使って22千万の農産物を供給している。運賃は670万円。段ボールを廃止して、通いコンテナに変え、使用料を125円で貸し出す。年間190万円の使用料が入るので運賃は480万円に下がる。物流費が2%に抑えることができるようになった。ちなみにヤマトや佐川の宅配便で東京まで送ると輸送コスト20%近くになる。3000万円を売るのに600万の経費がかかるのである。全国の新規就農者の多くは輸送コストの問題で頭を痛めている。

阿波有機の取り組みの仕組みをコープ有機として、熊本や鳥取、神戸、京都、滋賀などに広げることが私の夢だ。

『阿波有機の宝物さがし大会』の巻

 今日、坂野名人が作ったデストロイヤーを食べる。食べながら、昔、悪役のプロレスラーがいたことを思い出す。実は、デストロイヤ―といってもじゃがいものことで、表面が赤く、切ると中は黄色っぽい色をしている。洗って、510分湯でて輪切りにする。

フライパンにたっぷりのオリーブオイルをひき、蓋をして蒸し焼きにした。箸が通るころに塩を振って、できあがり。ちょっと甘くておいしい。酒のつまみになりそうな感じ。

 デストロイヤーを作ったのは坂野名人と岩見(わが社の社員)なのだが、岩見によると、わが社で働いているパートさんたちは坂野さんより「私の方が水っぽくなくて美味しいと言っている」と自画自賛する。

 阿波有機では、岩見に頼んでデストライヤーを作付けし、コープ自然派の組合員さんにジャガイモの収穫体験をしてもらおうと企画したのだった。

 しかし、阿波有機のホームページに出ているようにジャガイモ畑というよりも草に覆われている。ジャガイモ堀というよりはこれは宝物探しという企画にして、組合員さんに遊びに来てもらおうと企画を変更。掘ったジャガイモは格安でお分けしようと思っている。とにかく除草剤を使わない無農薬栽培は大変なことを知っていただくだけで、価値があると思っている。

 7910日 徳島市川内町の阿波有機に9時集合。

        午前中のみ 担当 岩見

        手袋、長靴、かご、スコップ、ビニール袋など

 さて、日本中で熊が出没。人を襲う熊が出てきた。人里と山の境界線なくなり、山から熊が降り始めた。対策は人里に降りてきた熊を山に返してやるか、危害を加える恐れがある場合は射殺することになるのだが、ハンターが高齢化にともない減少している。そこで、ハンターを育成、増やすことを考えているようだ。

高生連の松林さんは、ハンターを下手に増やしてしまうとかえって危険が増すのではないかと心配する。動物より人間の方が怖いに決まっている。そんな話をしているときにアメリカで史上最悪の銃乱射事件が起こってしまった。

やっぱり、オオカミ導入しかないのではないかと結論付けてしまう佐伯と松林であった。

ところで、先場所優勝した横綱白鵬関は徳島と縁が深い。白鵬関の奥さんは徳島県出身。そんな白鵬関と丸山会長(日本オオカミ協会会長)が歓談した。

 昨年8月22日午前10時から、丸山会長、長島顧問、他3名で錦糸町の宮城野部屋に横綱白鵬関を訪問。稽古を1時間見せてもらった後、正午まで歓談しました。

1、      小さい頃、タルバカンを食べに山に登ったとき、一人取り残され、オオカミの気配を感じて両手で刃物を握って身構えていたのがオオカミとの最初の出会い。少し怖かったということでした。

2、      相撲取になって2年後、モンゴルで父親とドライブ中に至近距離でオオカミを観察。緑色の鋭い目に圧倒されたそうです。その直後、18歳で横綱朝青龍を破り「金星」を。オオカミと出会うと良いことがあるとはモンゴルの言い伝えがその通りになりました。オオカミより強い眼光を持った力士は今のところいないとのことです。

3、      ジャン・ロン著「神なるオオカミ」はモンゴル語の翻訳版を読んでいて、あと厚さ1㎝を残すだけ。ジンギスカンもオオカミから戦略を学んだと言われています。

4、      10月のJWAのシンポのときは東京にいるので、オオカミの話をしに是非出席したいとのことです。

5、      オオカミ復活署名を快く引き受けてくれました。何枚も署名を置いてきました。

6、      番記者たちに、「自然があって人間がある。その自然を保ってくれるのがオオカミ。聖なる動物の復活の懸け橋になれば」と話してくれました。

横綱は明るく、終始笑顔で、いつものような謹厳な表情とは大違いでした。宮城野部屋の雰囲気も、家族的でとても好感がもたれます。そのうちJWAで横綱白鵬関を囲む会も可能性も。

 横綱白鵬関は1024日には徳島場所で徳島にきているそうだ。そこで1022日の国際オオカミシンポジウムになんとか白鵬関が来てくれないかと松林さんと相談しているところだ。もし白鵬関が来てくれて、オオカミの応援団長を引き受けてくれたならば、歴史に名を遺す名横綱になるに違いない。農山村の崩壊を止めるために横綱の力を借りたい。

『環境がよくなれば、コウノトリ、ナベツル、若者も田舎に帰ってくる』の巻

社会の変化は、あまりにも急激で激しい。この状況を乗り切っていくための方策はあるのだろうか?自らの立ち位置を把握し、状況を変えるためには、まず環境づくりが大切だ。環境がよくなれば若者もコウノトリもナベツルもみんな帰ってくる。

先日、わが社の岩見が「社長、井口さんのキュウリを食べて見て」と先っぽが傷んだキュウリを差し出す。キュウリに何か変な味がしているのかと思いきや、キュウリが甘いのである。キュウリに味があるなんて初めての体験だ。

こんなことが起きたのにはわけがある。最近、井口君からキュウリやトマト、ミニトマトなど小分けの依頼が来た。食べたキュウリは小分けの際にでたはねたキュウリだった。

 井口君は非農家から農家になって9年目。小祝理論を体得し最近めきめきと腕を上げてきた。その結果がキュウリやトマトが成りすぎて収穫の手間が回らなくなってしまった。袋詰めをわが社に頼むと小分け料を取られるので、必死になって袋詰めをしていたのだが、ついに限界に達した。午前2時、3時になっても収穫が終わらない事態になってしまったことが原因だ。井口君が電話口で「佐伯さんに袋詰めを頼んでいたら、もっと野菜の世話ができて収量を増やせたのに...」とどこまでも追及する姿勢に圧倒される。わが社が井口君に支払う金額は月に500万円を超えるようになった。たぶんサラリーマンの収入の数倍もの稼ぎだ。農業をやって本当に良かったと思う。農業は儲からないから家を継がさないという農家が実に多い。確かな技術があれば農業は実におもしろい。

コープ自然派が有機農業サポートセンターを作って、小祝先生の理論を学び、作った農産物を買い上げることで若い農家を支援する仕組みがやっと花開き始めた。ここまで来るのに10年の歳月を費やす。

 さてもう一方では、コープ自然派は冬水たんぼや田んぼの生き物調査を通じて、「ツルを呼ぶ米」を農家が生産し、阿波有機で精米し生協に販売することで、その成果も上がってきた。(新たに無農薬のぬかでぬか床を作り販売しようという話も出てきた)

 その成果を発表するフォーラムが7月の2,3日に開かれる。

7月2日はふれあい健康館ホール 午後1時30分から

7月3日はコウノトリ・ナベツルの生息地を見るバスツアー(3000円&要申し込み)

今では、「ツルを呼ぶ米」は160町に及ぶまで、広がってきた。冬水田んぼは10町にも及ぶ。農薬や化学肥料が少なくなった分、生物層は飛躍的に倍増し、上空から見るコウノトリやナベツルは徳島って住みやすそうな土地だと思って舞い降りる。

『人の下に良いを書いて食、ケモノ辺に良いを書いて狼』の巻

 6月3日、コープ自然派生産者クラブが神戸のクラウンホテルで開かれた。徳島の川内から神戸まで車で神戸に向かうことになった。有機JASのニンジンやニンニクの生産者の森野さんと里山風景を守る会の近藤さん、そしてわが社の社員土生の4人で乗り合わせていくことになった。

 行く途中も帰りも話が盛り上がって楽しかった。森野さんはカナダやアメリカに友人が多数いる。森野さんは58歳。田植えが終わり、ニンニクの収穫を終えると7~8月の暑い盛りは農閑期になる。そこで家族と一緒に夏休みはアメリカ大陸横断の旅に出たこともある。最近は家族を誘っても誰も行きたがらないので一人で旅することが多いらしい。高校を出てサラリーマン生活をしていた時に寿司屋の主人とスキー場で知り合いになり、俺の店で働かないかと誘われた。「いつでも一緒にスキーにいけるじゃないか?」の殺し文句が効いて、寿司屋に勤めることになった。そのおかげで、カナダの友人宅に行くとすし職人が日本から来たという話が友人中に広がるから、友人のホームパーティに呼ばれ、寿司を握る。こんなところで役に立つとは思わなかったと言う。続いてオオカミの話をすると、「オオカミは人を襲わないんだ」と森野さん。「森野さん何でそんなことを知っているの?」と聞くと、バックパックで自然豊かなカナダの国立公園バンフを旅することがあった。その時の思い出を話してくれた。山の中の駅を降り、歩いて森の中にあるユースホテルを目指すのだが、川沿いの道を30分位上っていく途中で道を迷ってしまう。遠くでオオカミの遠吠えが聞こえてきた。たまたま国立公園のレンジャ―の車に遭遇、難な気を得た。後でオオカミよりもっと恐ろしいヒグマが出没する地域だったことを知り、ほっと胸をなでおろしたそうだ。

 海外のオオカミの研究者はオオカミより熊の方が恐ろしいはずなのに日本はオオカミを怖がっているのが不思議だと言う話もある。

 こんな記事が出た。毎日新聞2015年8月24日 静岡地方版

「赤ずきん」で有名なグリム童話。その故郷のドイツで、「赤ずきんはうそつき」という運動が始まった。実施主体は、会員数約45万人の環境NGO「自然・生物多様性保護連合」。童話でのオオカミは、赤ずきんを食べた凶暴な存在だが、調査すると、攻撃的ではなく、生息地が住宅近くにあっても大きなトラブルはなかった。

 日本でもオオカミ関連の出版が続く。生態系を悪化させ農産物を食い荒らすシカの捕食動物になりうるからだ。知り合いの農家によると、シカは農産物が食べごろになったころにやってくる。電気柵が役に立たないことも多く、営農意欲を奪う。昨年度、県内でのシカなど野生鳥獣による農産物被害は4億7658円で5年ぶりに増加に転じた。

 静岡県南伊豆町に本部を置く「日本オオカミ協会」(会長:丸山直樹東京農工大名誉教授)は、絶滅したニホンオオカミと同種のハイイロオオカミを海外から日本に連れてくるように提案している。日本と同様の被害に見舞われた米イエローストン国立公園では1995年に再導入され、野生動物をめぐる「20世紀最大の実験」として、世界が行方を見守る。

一方、世界自然遺産の知床(北海道)を歩くと、シカを見つけて「かわいい」と声を上げ、餌を与える観光客に出会う。「シカ駆除を批判するバンビ―症候群、オオカミを怖いと信じる赤ずきん症候群が、はびこってきた」と専門家は言う。

 オオカミを再導入すると何が起きるかと、私もためらうが、7月には電気柵で2人が感電死する事故があり、一考の価値があるかもしれない。

 生体内の物質の動きを把握できるたんぱく質を、クラゲと言う思わぬ生物から発見したノーベル賞学者の下村脩さんは「先入観にとらわれないことが大切」だと話す。

 さて、徳島でのシンポジウム開催に向けて動き出した。残念ながらアスティとくしまの話はなくなってしまった。オオカミを復活させることに反対する人達が結構多いことが分かったというよりか、もしオオカミが人を襲ったら誰が責任を取るのかと言う問題だ。一方でイノシシやシカの被害がでていることや熊が人を襲って死亡するケースも増えている。

 生産者クラブの学習会で、鳥獣害の話を聞く。シカが米の収穫前に侵入し食べられるとシカの匂いが移って食用に適さないようになってしまうことやイノシシが侵入すると稲を敷き藁のようにしてしまうために収穫できなくなってしまうなど色んな話が聞けた。

 ピュアコープの松尾理事長が歩み寄ってきて、「私、昔東吉野町に住んでいたことがあって、オオカミの銅像の話を聞いたことがあるわ」と言う話をしてくれた。奈良にある大台ケ原は少し前まではうっそうと樹木が生い茂り、幽玄の世界をシカが樹皮を食い荒らして、樹木が枯れ、昔の面影が残っていないという。

 世界の潮流は生物多様性の時代へと変化。オオカミを保護する活動が活発化している。オオカミを復活させることについて、賛成、反対、慎重派の皆さんが一堂に会して議論を深めることが大切になってきている。

 人の下に良いと書いて食。良い食べ物を食べることが人を良くすると言う意味にとれる。ケモノ辺に良いと書いて狼。人と動物、山の自然を調和するための一つの方法と考える時代になってきた。

「美味しいものを持ってこい」の巻

 徳島では、オイシックスがとくし丸を買収したという話が話題になっている。

高齢者を始め、買い物難民が増え、社会問題化し始めている。それを解決するために地元スーパーととくし丸が組んで軽トラを改造しスーパーで仕入れた商品を積み込み高齢者のお宅を回るサービスを始めた。

 とくし丸を考えた住友さんをファミレスで見かけた。ちょうど午後の9時を過ぎていたので家内と一緒に遅い夕食をファミレスでとり、帰ろうとした時に住友さんを見て、思わず近づいて声をかけてしまった。住友さんは突然声を掛けられて困ったと思う。私の悪い癖は、いろいろ思い込んでしまうと後先を考えずに行動してしまうことだ。という理由は、オーガニックフェスタの2017年のゲストを誰にしようかと小祝先生と相談していたら、オイシックスの高島社長はよく知っているので頼んでみましょうかと、いきなり携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。残念ながらその時には高島社長はつかまらず、社員の方にお願いすることになった。そんなわけで、急に身近に感じてしまったことが大きな理由だ。住友さんと話して面白かったのは、最近、美味しいものを持ってきてくれという要望が強くなったと言う話だった。

 そこで、ちょっと前に読んだ。徳島新聞を思い出した。成熟社会をどう歩く 哲学者 内山節

 ・・・いまの日本では、供給不足が生じているわけではない。逆に供給過剰なのである。

 たとえば農業や林業でも、輸入品を含めた供給量が需要を上回っているから、価格が低迷し、農民や林業家は困っている。それにいまの日本では需要を増やすことも困難になっているといってもよい。

 すでに人口減少も始まっているし、高齢社会は購入意欲の低い社会をつくる。その上に、消費量を増やすことに豊かさを感じない人たちも増えてきた。では海外に需要の拡大を求めることができるかといえば、ここでは新興国などとの熾烈な価格競争が待っている。

 もちろん日本にも新しい需要先がないわけでもない。たとえば子育てや老後の生活を良質なものにしていこうとすれば、そのことが新しい需要をつくりだすだろうし、非正規雇用の人たちの待遇を抜本的に改善していけば、生活の質の向上を目指した需要が生まれるだろう。

 つまり経済成長のためには、このような改革によって新しい需要を生みだすこと方が、重要なのである。それをせずに、先に金融緩和しても、行き場のないお金が市場に出回るだけで、結局は投機的な資金が増えるだけである。それは一時的に株価を上げたりするが、実体経済が成長しないものだから、そういう効果もいずれ薄れていく。

 アベノミクスの気づいていないもうひとつものは、成熟社会が求めているものは、高度成長時代のような経済成長ではないということである。

 そうではなく、求められているのは、質の良い暮らしや質の良い労働、上質な社会なのである。もちろん質の高さを求めて改革した結果、経済が成長してもよいだろう。

 だが目的は成長ではなく、質の高さである。

 徳島には、この地で起業したりサテライトオフィスをつくる若者たちが来ているが、彼らも徳島に来ると売り上げが増えるから来ているわけではないだろう。東京などの大都市にはない上質な暮らしや働き方が、ここでならできるということである。

 地方の良さを見直す人たちが増えているのも、地方の方が上質な暮らしができるからだ。勤めていた企業を辞めて、社会的に有意義な仕事を自分で起こそうとする人たちが増えているのも、その方が上質な労働を手に入れるからである。

 現在とは、成熟社会の在り方を人々が探し始めた時代だといってもよい。質の高さとは何かを考えながら、新しい動きが胎動してきた。・・・

 コープ自然派の商品は上質な商品づくりを目指しいている。とくし丸と地元スーパーが開発した「たむらのたまご4個セット-200円」も、もともとはコープ自然派とたむらのたまごとの長い付き合いから生まれたものを基礎にしている。コープ自然派から生まれた商品がスーパーでも売られるようになることは生協を立ち上げた時の夢でもあった。

 しかし成熟社会になると同時に、格差社会にもなり、今日のご飯も食べれない子どもたちが増えている。阿波有機はそんな子どもたちと一緒に米作りや野菜づくりをしようと考えている。

「取れすぎて大変だ。」の巻

 早朝からわが社の土生君に井口君から電話が掛かってきた。「キュウリが取れすぎて大変だ。1日700キロも取れてしまった。」キュウリは1本約100g前後、700キロということは7000本近くが取れたことになる。3本パックで2300パック。生協からの注文は多くて1000パックしかない。井口君はキュウリをどこに持っていいかわからない。市場に出すのは簡単だが、市場に毎日一定量を出す人には価格が維持されるのだが、急に持っていくとタダみたいな値段になってしまうから持っていきたくても持っていけない。農協や集荷会社に頼ったり、百姓市や道の駅という手もあるのだが、持っていくのに手間がかかる。これから毎日、キュウリが溢れることになると思うと井口君は頭を抱えている。

 先日、私の兄の1周忌があった。5歳年上の兄だったのだが、67歳で急拙した。法事でお坊さんからお話があった。人生には4つの命があるという話だ。一つは宿命。2つ目は運命。3つ目が使命。4つ目が寿命。

 宿命とは人はどこの誰の子として生まれるかわからない。運命は自らの手で運勢を切り開く。使命は社会のため、人ために使命を持って生きる。そして寿命が尽きる、という説法だった。

 井口君は18歳で高校を卒業後、建設会社に入社。土木作業に携わっていた。バブルが弾け、公共工事も少なくなってきたので、結婚を機にこれからは社会福祉の時代と思って、社会福祉団体に就職。そこで与えられた仕事が農作業だった。一人でスイカやかぼちゃを作ることになった。非農家出身だったので、肥料や農薬、栽培方法もわからず、農協や肥料販売店で聞きながら農作業を続けていた。まじめに作業を続けていると、本格的にトマト栽培をやってみないかとアグリベストの楠さんに誘われた。楠さんも9年前には、水耕栽培のトマト作りに限界を感じていた。土耕で有機栽培の技術を見直さなければ、美味しいトマトができないのではないかと危惧していた。井口君に土耕でのトマト栽培を託した。ところが、平均収量にも届かない反9トンだった。

そこに現れたのが小祝先生だった。それが井口君との運命的な出会いになった。当時の井口君はトマト栽培に四苦八苦していた。井口君に小祝先生を紹介すると小祝先生の「有機栽培の基礎と実際」を毎日、必ず寝る前に2ページずつ読む習慣をつけ、暗記するまで続けた。小祝先生が來徳して講義をするときは毎回必ず出席する。そうすると結果が出始める。梅雨時期は日射量不足でトマトの糖度がのらない。ところが井口君が作ったトマトは美味しいのである。タキイ種苗の人も不思議がっていた。小祝先生の理論に従って作ると糖度も栄養価も高く、収量も増える。夢のようなことが起きた。

 井口君は、農業は誰にでもできるような技術でなければならないという使命を最近感じ始めた。

若い人たちが農業で食べていけるようにならなければ日本の農業は衰退してしまう。このままいけば日本の農業はなくなってしまうという危機感を持ち始める。有機農業の道を究める前に、多くの人に農業で食べられようになるための技術を開発したいと思うようになった。 

 そこで、新たな農業プロジェクトの一員として、農場長の役割を引き受けることになった。自分の農場でも忙しいのに、新たに1㌶に及ぶハウスで野菜を作ることになる。

日本農業新聞 5月19日付 次世代農業を追求 徳島で産官学協定 知事『モデルに』

徳島県とタキイ種苗(京都市)、Tファームイシイ(株)、徳島大学は18日、農業を成長産業化する取り組みを積極的に展開するため、産学官連携の協定を結んだ。タキイ種苗とTファームいしい(株)が整備、環境制御型園芸施設を活用し、産学官が協力しながら次世代型農業の研究と実証を進める。

 同日、県庁で締結式があり、飯泉嘉門県知事とタキイ種苗の瀧井傳一代表,Tファームいしい(株)の菊池義和代表、徳島大学の野路澄晴学長が協定書に署名した。協定名は「産学官連携による次世代型農業研究実証事業の実施に関する協定」。協定の有効期間は2026年3月までで、それ以降、2年ごとの更新。

 タキイ種苗とTファームの両社が、石井町の旧県立農業大学跡地に,ICT(情報通信技術)を活用した、高度なトマト生産ハウスなどを整備する。共同研究や経営モデルの実証、学生や新規就農者の研修生を受け入れなどをする。飯泉嘉門知事は「6次産業化、人材育成の新たな形を徳島で研究、実証し、モデルとして発信したい」と、今後の取り組みの発展に期待した。

「小祝先生の悩み」の巻

 昨日はオーガニックフェスタの実行委員会が開催された。実行委員会のために小祝先生に徳島に来ていただいた。

 9時に徳島駅で小祝先生を迎えに行き。その足でJA東とくしまの組合長の荒井さんに面会。来年の第6回大会の実行委員長をお願いしてきた。

 さて、実行委員会あとの飲み会が楽しい。小祝先生の周囲は騒がしい。小祝先生は4月には、アフリカのザンビアに農業指導に行ってきたと言う話で盛り上がる。ザンビアは親日国で車はほとんどの車がトヨタ車だ。人口は1300万人、面積は日本の2倍。ほとんど人がいない広大な国だ。アフリカは人口急増地域、食料問題が起こる可能性が高い。そこで3年前から小祝先生がJICAと組んで農業指導に取り組んでいる。当初トウモロコシの収量が10倍になるなど大幅に増えた結果が出た。ザンビアの農業大学の先生たちが本気になって小祝先生が唱えるBLOF理論を熱心に学んでいる。毎年1ヶ月ほどザンビアに行っている。小祝先生は今では「世界の小祝」になってしまった。小祝先生のスケジュールを抑えるのが難しくなっている。最近では大手派遣会社で月に4回も教えることになったから佐伯さんの要望はなかなか難しいよと言われてしまった。コープ自然派の農家のレベルアップをはかるために神戸で教えてほしかったのだが・・・。

ところで、農協の西田さんとお米の栽培で盛り上がる。西田さんがザンビアの地形や土壌はどんな様子ですかと質問。乾期と雨期があり、標高1300㍍の高台の上に平野があり、水がゆっくりと流れるから米作りにも適している。現地では1反の米の収量は100kgと少ない。JICAが指導しても150kgしかとれないから、西田さんが指導して600kgも取ったら大騒ぎになりますよ。嬉しそうに小祝先生が話す。

西田さんは小祝先生より唯一米マイスターに認定しますよと言われている。理由は、小祝先生の娘さん加奈子ちゃんは西田さんのお米しか食べてくれない。おいしいから口の中でくちゃくちゃと噛む。そうすると食事の時間が長くなるので、奥さんが加奈子早く食べなさいと注意する。加奈子ちゃんは噛んでいるほど甘くなるので、飲み込むのがもったいないという。このやり取りを目撃した小祝先生は困ってしまったという話だ。西田さんのお米は魚沼で指導している農家の米よりもおいしいみたいだ。だって加奈子がほかの米を食べてくれないと小祝先生はぼやいている。小祝先生から新潟に教えに行ってほしいと頼まれている。

美味しい米の作り方の決め手はマンガンとマグネシウムだ。収量も増え美味しくなる。袋の中で、キュキュときしむ音が聞こえると本物だ。鳴き米と言われるようになるとは本当においしくなる。でんぷんのなかにアミノ酸が取り込まれるのが最大の理由と説明してくれる。小祝先生も西田さんも目の色を変えて話す。美味しい米づくりが広がれば日本の農業は変わると思う。

 先日、農協の西田さんが指導しているグループのお米が1500袋入ってきた。わが社の精米担当の武市君が西田さんのお米を精米していると何か匂うから見てくださいとお米を持ってきた。米粒は張りを持って光っている。匂いを嗅ぐと確かに匂う。米ぬかのような匂いだ。通常はそれほど匂わないので、どうしたものかと思って小祝先生に聞いてみると、BLOF理論で作った米は、精米すると糠の匂いがして、しっとりするのが特徴だという。さっそく炊いてみると甘くてとてもおいしいので安心した。この米は食味値86点と高得点になった。こんな米がこんなに安く供給できることが嬉しい。この米は年間予約米として出荷されることになるので、じっくり味わってほしいものだ。 

「コウノトリ、トキそしてオオカミへ」の巻

 先々週、奥歯を2本歯医者に抜いてもらった。昨日ぐらいまで、抜いた奥歯がうずいて、気分がいまいちさえなかった。年を取ると歯と骨が引っ付いてなかなか抜けないらしい。強力な麻酔薬をしているのでしばらく我慢してくださいとのことだった。抜いた日には血が止まらず、シーツに血のりがべったり。それから2週間たって、やっと痛みも遠のく。

 かわいい孫がやっと2歳を過ぎて、自分で歯ブラシを使って歯磨きをし始めている。家内は歯磨きをしないと「ジッジみたいに歯を抜かれるわよ。痛いよ。」と孫に言い聞かす。孫はわかっているのかどうか。ジッジみたいになるのは嫌だと歯磨きをする。家内が手を叩いてじょうずじょうずとほめる。横で聞いていると、そこまでしなくてもと思ってしまう。

 さて、日本オオカミ協会の丸山直樹会長と岩堀弘明副会長が來徳した。高知県からきた高生連の松林さん、ツルを呼ぶ米の浜田さん、農協の西田さんと日亜ふるさと振興財団の岩浅、澤田さんと私と家内で話を聞いた。

10月中旬"ふるさと徳島環境フォーラム2016"『生態系保全とオオカミ:高山・ロッキー、里地・ドイツ そして島ぐに徳島(四国)では?』を開催。またまたオーガニックフェスタを開催したアスティとくしまが会場だ。定員5千名も入る多目的ホールを使い、1200人も集めるという。オオカミのシンポジウム、それも国際会議と銘打って海外から第一線で活躍しているオオカミ研究者を招き、同時通訳を通して世界のオオカミに対する共通認識をさぐるという会議だ。すごすぎる。 

日本ではオオカミがいつ絶滅したか?という話なのだが、江戸から明治と時代が変わり、文明開化の大号令と共に西洋の文化が急速に取り入れられた。廃仏毀釈などの一方的な文化革命が行われる中で、明治政府の肝いりでオオカミ絶滅作戦が日本中で繰り広げられる。明治38年 奈良県東吉野村で捕獲されたオオカミが最後となる。森の生物多様性の頂点に立つ日本オオカミが消滅した年だ。そして代わりに東吉野村にはオオカミのブロンズ像が立つ。

ところで、私たちは平野の生物多様性の頂点たつコウノトリやナベツル、トキの飛来地づくりをここ10年かけて作ってきた。農薬や化学肥料を減らし、大型のトラクターの使用を控え、ひこばえを生やし、区画整理をしない。冬水田んぼや田んぼ生き物調査などを通し生物層を豊かにすることが生物多様性の頂点に立つ大型の野鳥にとって最も大切なことだと認識するにいたった。小松島から阿南に向けて百数十羽のナベツルが飛来するようになる。

一方で森の頂点たつオオカミがいなくなったことでイノシシや鹿などの鳥獣害が増加の一途をたどる。深刻な問題が浮き上がってくる。山村部は高齢化の波がうちよせるとともに山間部の農産物の鳥獣被害が深刻になっている。農産物を守るために電流柵を作ることで、イノシシや鹿の害を守ろうとしているが、完璧に守ることができない上に人々は高齢化にともない山を下り、街にでてくる。1980年代にはハンターが50万人もいたのが、今では5万人と10分の一に減った。ハンターの多くは山で生活している人たちだ。鳥獣被害で農業ができないことにより、山を下りる人が増えるなど悪循環に陥入りハンターが減る。後5年後にはハンターがいなくなる現実が見えてきた。そうすると益々イノシシや鹿が増加する。特に鹿の増殖の勢いはすごい。適正規模は1平方キロに2~3頭。今は20頭を超えるまでになる。2013年度には約305万頭そして2023年度には1.5倍の453万頭になる。その被害は森の生態系を壊し、餌がないために樹木の皮や落ち葉まで食べる始末。落石や土砂崩れを引き起こしかねない状態になっている。

政府は年間1200億円の予算を投じ、240億の農産物被害を防ぐことにやっきになっているが、鹿の増殖に歯止めがきかない。

そんな中で、生物多様性の維持とコントロールをオオカミを導入することで実現できた国が現れた。ドイツとアメリカだ。

オオカミ復活についての疑問44に答えるから

1、      日本で絶滅したオオカミ再導入

現在のシカ、イノシシなど中大型哺乳類の増えすぎは、明治時代のオオカミ絶滅に第一の原因を求めることができます。それ故に、絶滅種オオカミの復活の実現が急がれます。昔日本に生息していたオオカミはユーラシア大陸の東西に広く分布するハイイロオオカミと同種です。オオカミ再導入は、絶滅種コウノトリやトキの再導入による復活となんら異なるものではありません。本州、四国、九州の場合、中国に生息するオオカミを、北海道には沿海州のオオカミを再導入することによって実現することができます。ちなみに、オオカミのシカやイノシシの生息密度調整効果、生態系の復元、低下した生物多様性の回復効果は、米国や欧州での研究で実証済みです。また、人に危害を及ぼす可能性はほとんどありません。これもヨーロッパの研究者グループの共同研究によって実証されています。奥山の自然地域(たとえば、南アルプスの高山帯や富士山麓の原生林地帯など)での侵入防止策の建設は、技術的、財政的に難しいばかりでなく、その建設自体が自然破壊です。こうした地域は、オオカミを頂点とする食物連鎖による自然調整に任せるべきです。

「常識を疑え」の巻

 最近、家内が私に妙に優しい言葉をかけてくれるので、どうしたものだろうかと考えてしまう。ひょっとして病気でも患って、気が弱っているのではないかと思ったりする。人は不思議なものだ。なにかと細かいことをあれこれと注意されると、いいかげんにしてほしい。六十を超えたおっさんに「今更何を言っても無駄」と思っても口にはださず、できるだけ関わるのをやめた方が楽だ。後からの仕返しが怖いと思ったりする。年を取れば嫁に従うふりをするのが一番楽だと思う今日この頃だ。

 さて、優しい家内に変身した嫁に誘われて、簡保の宿の温泉に入りに行った。家内は長湯で2~3時間待つことになる。ロビーで新聞や持って行った本を読んだり、うとうとしながら時間を過ごしていると突然目に入ってくるものがあった。

5月2日付、産経新聞 

「小泉元首相特別対談」「原発ゼロやればできる!」「みんな安全って言ってたんだ。ほんと悔しいよ、ウソを信じていたのが・・・」

 小泉純一郎元首相と産経新聞の長辻象平論説委員が日本のエネルギー政策などをめぐり対談した。「原発ゼロ」を掲げる小泉氏は「原発に頼るより、さまざまな自然エネルギーに頼る社会を実現できるチャンスだ」と述べ、原発をすぐに止めるべきだとの持論を強調した。長辻氏は「完全に原発ゼロではなく、今後は新しく安全な原発を造っていこうという考え方があってもいい」と主張。二人の対談は予想外の方向に着地する・・・。(以下、敬称略)

長辻 3.11(東日本大震災)を機に小泉さんの原子力に対する考え方は変わったと思う。さらにその後、フィンランドのオンカロ(使用済み燃料の最終処分場)をごらんになって、日本ではこういう地下処分場を造るのが難しいと。

だから即、原発ゼロの方がいいんだよ、ということをおっしゃり始めた んですよね。

小泉 うん。

長辻 具体的にはどういう部分でそう思われました?

小泉 フィンランドってのは、岩盤でできている国ですよ。その岩盤から下まで400㍍掘ってね、その下に2キロ四方の広場を作って、そこに原発の廃棄物を埋めるんだけど、そのオンカロもね。(原発)2基分の核の廃棄物しか埋める容量ないんだよ。それでね、400㍍掘って10万年保管するってのは、まず日本で探すのはほとんど不可能と。

長辻 と思われた。

小泉 うん、それと同時に、安全、コスト安い、クリーン、全部ウソだと分かった!第一ね、あの事故以来5年たった。事故から2013(平成25)年9月まで2基しか動いていなかったが、東京も大阪も停電が起きない。やっていける。5年間ゼロで。

長辻 それは運が良かったということもあるんでしょう。

小泉 運が良かったって、現実にできちゃったんだ、5年間。

長辻 綱渡りですよ。

小泉 やればできた。

・・・中略・・・

小泉 原発を乗り越えた日本人の知恵でね。今までできないことを、ピンチをチャンスに変えてきた。

長辻 しかし、再生エネルギー太陽光にしても風力にしても、今の技術では、安定的に使うのが難しいですよ。

小泉 そうでもないよ。今アメリカなんかね、高速道路で太陽光発電をやろうと実験が始まった。自動車が走る舗装面を太陽光発電に使おうと。もし日本でこれをやったら、高速道路だけで全部電源まかなえちゃうんじゃないか?

・・・中略・・・

長辻 でも、首相のときはそう思われなかったわけでしょう。

小泉 信じてたよ。みんな「これは大丈夫です」「安全です」「コスト安い」って言ってたんだよ。コスト安いなんてよくも・・・。俺も知っていたらな。ほんと悔しいよ、ウソを信じていたのが、あぁ、過ちだったなと。

長辻 しかし、小泉さんの思いは、後継の安倍首相(晋三首相)さんには伝わっていない。

小泉 うん。

長辻 参院選がありますね。今の思いをどう政治に生かしていこうと思われているんですか。

小泉 そのうち反映されるね、自然に。原発は高くコストがつく、安全じゃない、クリーンでもないというのが。そういう首相が出るよ。そしたらね、推進論者も役人も経済産業省も、ガラッと変わる。

長辻 しかし、安倍さんは、そうはならない?

小泉 安倍さんでは無理だ。もうここまでいちゃてるんだから。いま変えられない。変わったらブレだといわれるし。

長辻 新しい政治のうねりを、郵政民営化のときのように起こそうというお考えはありますか。

小泉 いや、いずれ分かると思うんだ。多数意見だもん。国民がゼロがいいという。だから時間がたてばたつほど、ゼロでやっていけるというのが、分かるから。そうすると、国民の意見が政治を変えていくと思う。

・・・・

 熊本のキッチンガーデンの応援にコープ自然派事業連合の有志が6回、延べ23名が応援に駆け付けた。熊本の余震は収まらず、川内原発や伊方原発はどうなるのか心配でたまらない。もし原発が壊れでもしたら日本はどうなるのだろうか?

国がやっていることが全て正しいわけではない。私たちがしっかり判断をしなければ原発はとまらない。

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